第28号 2005年 初春


表紙の言葉

空にふわふわ浮かぶ雲

仲良し大地に誘われて

風に乗って降りてきた

大地は真っ白雪化粧

「また来るよ!」

雪のうさぎに姿を変えて

ぴょ〜んと空へひとっとび

大地は芽吹きほほえみかける

表紙の写真
  奥会津つれづれ  

 年の初めである一月は、歳時記も多い。ダンゴさしや山入りなど、あまり見られなくなったものもあるが、サイの神や早乙女踊りなど、変わらずに続いているものもある。
 歳時記の一つとして柳津町の福満虚空蔵尊園蔵寺で行われる『七日堂裸参り』がある。
 この祭りは、その昔只見川に棲んでいた竜が襲ってくるということで、村人が一緒になってこの地を守ったことから始まったと言われている。
 一月七日の夕方、降り積もる雪の中、ふんどし姿の男衆が階段をかけ上り、背中から湯気を上げて本堂に入る。男衆と見物客で、本堂の中はあっという間に人でいっぱいになる。
 男たちはもみ合いながら一本の綱を登る。ようやく最初の一人がたどり着くと本堂全体から歓声が上がる。参加者が助け合いながら一人、又一人と登っていく。
 まわりにはお堂の中でもみ合いながら、声を張り上げて応援する人、懸命に写真を撮る人がいて、ここもまた熱気がある。
 ふんどし姿の男たちを見ると、いつの間にかみんな寒さも忘れて笑顔になっている。
 一つの歳時記を通して、目には見えない昔から続く精神が伝わってくる。ご先祖様と再会するような時間を与えてくれる、そんな土地に私たちは暮らしている。 (治)

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道・探訪
 

金山町〜かねやままち〜昭和村〜しょうわむら 

 
 積雪期を迎え、金山町・昭和村の里にはしんしんと雪が積もり、綿帽子をかぶった道祖神や地蔵がいつもと変わらず、家々を見守っている。しかし、その静寂な雪景色の中で人々は眠り込んでいるわけではなく、家の中では手仕事が最盛期を迎え、山々にはスキーヤーの歓声が響いている。
 
ろうかけ作業

ろうかけ作業(金山町)

からむし織

からむし織(昭和村)

 
 金山町から昭和村へと抜ける国道400号線沿いは、道祖神、とりわけ「双体道祖神」が点々と連なるルートで、金山町小栗山地区から始まり、昭和村の佐倉、喰丸、小野川、両原の各地区で、その姿を見ることができる。
 道祖神は様々な性格を持っているが、この世とあの世の境を塞ぎ、疫病や邪気を村境で防ぐという。街道沿いの村々に住んだ人々にとって最も身近な神で、その思いが石像に凝縮されている。
 小栗山地区の石像は高さ75センチほどの「祝言像」と言われる形で、相並んだ男神・女神がそれぞれ酒器をもっている。石肌は摩滅しているものの、穏やかな微笑みの表情がはっきり見て取れる。

金山町小栗山

昭和村佐倉
昭和村小野川
 一方、雪に閉ざされた家々の中には、手仕事の静かな活気が満ちている。金山町の「絵ろうそく」づくり、昭和村の「からむし織り」がその代表だ。
 「絵ろうそく」の原料には漆の実を使うが、実の採集から蝋の搾取・成型まで全て手作業で行なうため、膨大な時間と手間がかかる。こうした製法を続けているのは全国でもここだけで、本当の伝統品に触れることができる。
 絵をつける前のろうそくの肌は青味を帯び、火を着けると普通のろうそくとは違った、穏やかで暖かな光りが灯る。
 昭和村の「カラムシ織り」の機音も冬の風物詩で、手織り機がドンドンという音を立てるたびに、カラムシの糸が布に織り込まれていく。ほとんど休憩なしで織り上げられた「上布」は軽く、きめこまやかな布地にはカラムシならではの柔らかな光沢がある。
  太陽が顔を出すと、雪景色の大パノラマが見える。 空のライトブルーを背景に、降り積もった純白の雪が輝き、延々と続く山ひだがどこまでも遠望できる。

■漆蝋づくり〜金山町教育委員会(電話:0241-54-5361)
■からむし織〜からむし工芸博物館・織姫交流館
 (電話:0241-58-1677)午前9時〜午後5時(不定休/要問合せ)
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奥会津の歳時記 11
 
早乙女踊り (只見町)
 
 絣の着物に花笠。1月14日の晩は、踊りの一団が家々に舞い込む。目深に被った笠の下には、美しく紅を引いた女装の若衆の横顔がある。
 豊作祈願の予祝行事である「早乙女踊り」は、南郷村、只見町、昭和村にいまも伝えられており、保存会などが代々継承してきた。
 早乙女のほかに道化役、囃子方が連なり、小太鼓、鼓、鉦、笛、三味線などで賑やかに舞い踊ると、隣近所からも集って来て歌の輪が広がってゆく。
 慶長10年の凶作の年から始まったと言われるが定かではない。
 男性が女装して舞う姿は、不思議で異様な華やかさを漂わせながら雪の夜を開いてゆく。
 
早乙女踊り


■ 写真・文:竹島 善一 ■
 
 
     
▲只見川を背に中川の家並みは一列に並ぶ。二月ともなると屋根から落ちてくる雪は堤のようだ。自然のイタズラで雪に穴があき外が見える。春が見えてくる。
(金山町中川・昭和56年2月)
 

▲小正月の餅を搗いた。黒光りする台所の調度品には、年期を重ねた貫禄がある。冷たい床板の感触が、板の厚みの確かさと共に本物の生活を足に伝える。
(金山町中川・昭和53年1月)

 
 
カワヤツメを発見 
   2004年春、只見町の河川でヤツメウナギ科の魚でカワヤツメ(ヤツメウナギ科)の幼生が生息していることが確認された。今回発見されたのは、川のみを生息地とする陸封型といわれるもの。カワヤツメは普通川で孵化して変態後海を下り、生まれた川に遡上し産卵する海から遠く離れ、ダムにより遡上できない只見町のような内陸部では例がないという。鑑定した富山大学の山崎裕治助手は「生息が確認されたカワヤツメは世界的にも希少な存在で、学術研究上も重要」としている。カワヤツメは口が吸盤状で目の後方に左右各七つの鰓孔(えらあな)があるため、一見八つの目があるように見えることから「ヤツメ」と呼ばれたという。
 今回発見されたカワヤツメは、河川内で何世代も過ごしてきた種ではないかと推察されている。
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 ハレの食卓には必ずといっていいほど登場するのが鰊の山椒漬け。
 山椒の葉と共に漬け込んだ鰊の歯ごたえは、香りと独特の風味が好まれて、酒の肴としても人気が高い。
 海から遠く隔たり、雪に閉ざされる奥会津では、身欠き鰊は昔から貴重な蛋白源だった。鰊漬けを漬けるための四角い本郷焼の陶器の鰊鉢は、かつてどの家にもあったものだった。
 鰊は山菜とも相性がよく、煮物にしたり、鰊味噌を作ったりと、ハレの日を彩る大切な素材である。
 乾燥の程度によっても用途が異なるが、今回は、柔らかく身の厚い鰊を山椒に漬け込んだものを、サッとあぶって皿に盛り付けてある。
5・鰊の山椒漬け
 


  山椒の葉っぱは夏のうちに摘んで、サッと湯がいて冷凍しておくの。こうしとくと、いつでも真っ青で匂いのいい山椒が使えるから。

栗城 ヤス子さん(金山町)

   
◆作り方◆
   冷凍保存しておいた山椒の葉を器の底に敷き、身欠き鰊を一本のまま並べる。その上にさらに山椒の葉、鰊と何段か重ねて、最後に醤油、酒、酢を合わせて煮立てた出汁をひたひたになるまで注ぎ、二、三日から一週間寝せる。
 鰊を一口大に切って山椒の葉を乗せ、そのまま食するのが一般的だが、柔らかい鰊を用いた場合は、サッと焼き上げて、香ばしい香りを楽しみながらアツアツを頂くのも一興
 
 
槐の木のコースター(伊南村)
   
 

 槐の木は「延寿」とも呼ばれて、縁起の良い木とされてきた。成長が遅く、木質は非常に硬い。寒さに耐えて成長する槐は、外側が白く芯に重厚な色素が沈着して、木目に美しい風情を見せる。
 槐は、昔、中国の『槐位』という位を象徴する銘木といわれ、周の時代の朝廷に三公があって、それぞれが庭の三本の槐の木に面して座ったことから、三公の位を示す木になったと言われている。槐の字のいわれは、昔、お面などを槐の木で彫刻し、家の鬼門に置いたことに因む。この木の枝を握ると苦しまずにお産ができるというので、槐の木は魔除け・長寿・安産・幸せの木として重宝されてきた。

◆一枚400円・5枚セット1,700円 《(株) 想》